コーヒーを飲み終えた四人は、そのまま別れた。
キラとラクスは街中に入っていき、シンとステラはその逆方向にある公園へと足を運んだ。
 
「ステラ、楽しかった?」
 
隣を歩くステラを見遣りながら、シンは首を傾げる。
ステラはこくりと頷いた。
 
「うん……楽しかった」
「そっか……よかった」
 
ほっと安堵したように、シンは破願する。そんなシンに、今度はステラが首を傾げた。
 
「シンは……楽しかった?」
「もちろん。ステラが一緒なんだ。楽しくないはずないよ」
「……そう」
 
何となく、ステラは気恥ずかしさを覚える。
シンはたまに、何の照れもなくこういうことを言うことがあり、そのたびにステラはうっすらと頬を染めていた。
くすぐったさを含む沈黙が二人の間を流れると同時に、冷たい風が二人を吹きつけた。
 
「………っ」
 
体の芯から凍りつくような寒さに、ステラは身をすくめる。
そんなステラに、シンは慌てて自分の首に巻いていたマフラーを外し、縮こまるステラに巻いてやった。
驚いたステラが目を丸くしてシンを見上げると、シンはにへっと笑う。
 
「これでちょっとはマシになるだろ」
「いいよ、シン………シンが寒いでしょう?」
「うん?」
「寒かったら、シンが風邪ひく………」
 
それは駄目、とステラは頭を振る。そして巻きつけられたマフラーを取ろうと首元に手をやった。
しかし、シンはその手をつかみ、首から離した。
 
「シン…………」
 
抗議の目を向けてくるステラに、シンはにこりと笑う。
 
「俺はいいんだよ。そうだな……じゃあステラの手を貸して」
「手………?」
「そう、この手を貸してよ」
 
掴んだ白い手を自分の頬の側にまで持ち上げ、シンは笑った。
ステラはきょとんと目を瞬く。
不思議そうに首を傾げた。
 
「わたしの手は……取れないよ?」
 
それに、取っちゃ嫌だ。
 
ステラは真顔で言う。
シンはそんなステラに口をぱかっと開き、しばらく言葉を失っていた。
だが、ふいに苦笑いをもらす。
 
「いや……別に取らないよ。俺も取りたくないし………」
「じゃあ、どうするの………?」
 
ステラが目を瞬かせると、シンは
 
「こうするんだよ」
 
と言って、ステラの手と繋いだ自分のそれを、コートのポケットに入れた。
その中で、指を絡ませる。
シンは白い息を吐きながら、歯を見せ笑った。
 
「こうすれば、あったかいよ」
「…………」
 
ステラははにかむシンの顔と、彼のポケットに隠れた自分の手とを見比べる。
 
シンのポケットは暖かくて。
シンの手のひらは暖かくて。
何だか、心まで暖かくなった気がした。
 
ほぅ、とステラは息をつく。
その表情は、柔らかく、和んでいた。
 
「あったかい………」
 
ステラは呟き、シンを見上げる。
瞳を細めにこりと、笑いかけた。
 
「あったかいね、シン………」
「……っだ、だねっ!」
 
シンは上擦った声で相槌を打つ。
その顔は笑顔だが、赤い。
ステラは目をしばたかせた。
 
「……どうしたの?」
「な、なんでも!そ、それよりもうちょっとあっちまで行こうかっ」
 
電飾に彩られる木々がある公園の奥を指差しながら、シンは歩き始めた。
手を繋ぐステラは必然的について行く。
 
「………?」
 
シンの顔が赤いのも、態度が妙によそよそしくなったのも、どうしてなのかステラにはわからなかった。
それでも、素直に彼について公園の奥に行く。
進むにつれ先程の『光の魔法の道』ほどではないにしろ、輝くイルミネーションにステラは目を奪われた。
 
あっちのも綺麗。
こっちのも綺麗。
 
口元を緩ませ、ステラはきょろきょろとする。
すると、ふいにシンが立ち止まった。
 
「シン?」
 
ステラが声をかけると、シンはくるっと振りかえる。その顔には、微かに緊張の色があった。
 
「あ、あのさステラ………」
「なに?」
「え、と………」
 
シンは頬を一掻きすると、ショルダーバッグに手を伸ばした。
ごそごそと、何かを取り出す。
 
「……こ、これっ………!」
 
取り出したものを、シンは勢いづけてステラに差し出した。
ステラはえ?と目を瞬かせると、それを受け取った。
 
可愛らしいラッピングのされたそれを、まじまじと見つめる。
 
「これ……?」
「あ、開けてみて!」
「………うん」
 
そっとリボンをほどき、がさりと音をさせ、ステラは袋の中のものを取り出す。
 
出てきたのは、柔らかいぬいぐるみ。
薄茶色の毛が気持ちのいい、熊のぬいぐるみだった。
 
「テディ……ベア?」
 
ちょこんと首を傾げ、ステラはぬいぐるみを持ち上げる。
つぶらな瞳が可愛らしい、テディ・ベアだ。
 
「可愛い……でも、どうして………?」
 
テディ・ベアから目を外し、シンを見遣るステラは、本当に不思議そうだった。
シンは困ったように頭を掻く。
 
「いや……どうしてって言われても……クリスマスプレゼント……なんだけどな」
 
一応……と、シンは自信なさ気に笑う。
ステラは目をまん丸にした。
 
「わたしに………くれるの?」
「う、うん………」
 
シンは、かぁっと真っ赤になりうつむいてしまう。
人生初の女性(他人)への贈り物に、気恥ずかしさと緊張で心臓が破裂しそうだった。
 
気に入ってくれたかな。
喜んでくれたかな。
 
そればかりが気になり、シンはちらりとステラを盗み見る。
そして、目を丸くした。
 
ステラは、呆けている。
いつもぼーっとしているが、今はそれより更に心ここにあらずといった感じだ。
ただ、じっとテディ・ベアを見ている。
 
しばらく待っても何の反応もないステラに、シンは不安になってきた。
そしていてもたってもいられず、声を上げる。
 
「あ、あの………!」
「………え」
「き、気に入らなかった?………それ」
 
恐る恐るテディ・ベアを指差しそう言うシンに、ステラは驚き、慌てて首を振った。
 
「ううん……そうじゃ、ないのっ」
 
珍しくステラは必死の顔を見せた。
それに今度はシンが驚かせる。
 
「え………?」
「気に入ってないなんてことないの……すごく、嬉しい………」
 
ただ……、とステラは言い置く。
シンは怪訝そうに首を傾げた。
 
「ただ………?」
「……わたし、何にもないの…………」
 
うつむきがちになりながら、ステラは呟くように言う。
テディ・ベアを抱く手は微かに震えていた。
 
「……わたしシンに、何も上げるものがないの……いっぱい、いっぱい考えたけど用意、できなかった………ごめんなさい」
 
悔しそうに、悲しそうにステラは瞳を揺らがせる。
うっすらと潤みかけているそれに、シンはぎょっと目を剥いた。
 
「い、いいんだよ!そんなの、気にしないで!」
「でも………」
「お、俺はっ………ステラがいればそれでいいんだ!」
 
心の底から、シンは声を大きく言った。
 
「………え?」
 
ステラは、顔を上げぽかんとシンを見上げる。
シンは、自分の瞳より、ずっとずっと顔を赤くして、言った。
 
「俺は、ステラが俺の傍にいてくれればそれでいいんだよ。ただ、傍にいてくれれば………」
 
それでいい。それが何よりも嬉しいし、幸せなことだ。
 
シンは、真っ直ぐにステラを見つめた。
 
「ステラ、俺に何かしたいって思ってくれるなら、そんな悲しそうな顔をしないで……笑ってよ………」
「……シン………」
 
ステラも、シンを真っ直ぐに見つめた。そしてすっと肩の力を抜き、こくりと頷く。
 
「うん……シン………ありがとう」
 
ぎゅっとテディ・ベアを抱きしめ、ステラはシンに笑みを向けた。
揺れる紅い瞳に写るステラは、淡く、優しく、穏やかに微笑む。
そして気持ちよさそうにテディ・ベアに頬をすりよせた。
 
「大好き………」
 
ぽつりと、ステラは言う。
その呟きに、シンの心臓が跳ね上がった。ばくばくと走り出すそれを抑えつけながら
 
お、落ち着け、落ち着け馬鹿っ!
あれはテディ・ベアに言ったんだ、決して俺に言ったんじゃ………
 
「シン………」
「はいっ!?」
 
シンは、素っ頓狂な声を上げる。
そんなシンにステラは目を瞬かせたが、ふいににこりと笑い
 
「大好きよ………」
 
と言った。
 
シンは、金魚のように赤くなり、金魚のように口をぱくぱくとさせる。
 
「っお、お、お、俺、俺もだよっ………!」
 
何とか、それだけは言えた。
 
ステラはまた微笑み、小さく頷く。
シンは、頬を限界まで緩ませていた。
 
幸せで、幸せで、死にそうだった―――――
 
 
シンとステラが、笑い合っている中。
二人の様を、見守る二つの陰があった。
 

「キラ、見てください。お二人とも可愛らしいですね」
 
ふふっと笑い、ラクスはキラを振り仰いだ。
キラもラクスに微笑み返す。
 
街中に向かったはずのキラとラクスは、実はこっそりとシンとステラの後をつけてきていた。
互いに、シンとステラが心配だったのだ。
キラとラクスは二人に見つからないよう身を潜ませている。
 
キラはシンとステラを見遣りながら穏やかに目を細めた。
 
「あの二人……初々しいと言うか、何と言うか……何だか見ててほっとする」
「えぇ、そうですわね。私もそう思います」
「二人とも、若いよね………」
 
しみじみと言うキラに、ラクスはあら、と目を瞬き、
 
「キラったら、ご自分もまだお若いのにそんなこと言って………」
 
くすくすと笑うラクスに、キラも笑った。
二人はひとしきり笑い合うと、どちらかともなく互いの手を握る。
 
「行こうか」
「はい、行きましょう」
 
シンとステラに背を向け、二人は歩き出した。
 
 
まだまだこれからの恋人たち。
確かな絆を築いている恋人たち。
 
どちらにも、等しき幸せが降り注ぐ。
 
聖なる夜に。
 
誰もが、暖かな心を通わせていた―――――
 
 
END
 
‐あとがき‐
 
クリスマス小説でした。
長編『birth』だけではもの足らず(ぇ)、書いてしまいました。
最初はフリー小説として出そうと思ってたんですが、長くなってしまったので断念。
一応シンステ中心に展開しましたが、やっぱり出ますよキララクは。
なんたってMyラヴァカップリングBEST1!
彼らを出さずしてシーズン小説は書けません!
キララク最高っ!
 
さて。シンがテディ・ベアを贈ったわけは、WEB拍手クリスマスプレゼント相談編K&Sver参照。
彼の結論はこうでした。
というかシンステまとも書きは初です。
初々しさを目指して書きました。
キララクが老夫婦ならシンステは中学生日記です!(は?)
こそばゆい感じが今のところの私のイメージです。
 
UP:04.12.26
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[後編]