sampling
 
 
 
じっと、澄んだ瞳がシンを見る。
いや、正確にはシンではなく、シンが持ち、口に運ぶ缶を見ている。
 
「…………」
 
シンは缶を離した口を、軽く歪めた。
 
真っ直ぐな視線に、居心地の悪さを感じる。
例え自分を直接見ているわけではなくても、その瞳はこちらを向いている。
 

何とも、居心地がよくない。
 

だがそれは決して嫌だというわけではなく、ただ心臓によくないのだ。
 
穢れを知らない瞳に、先程からいつもの倍近い速さで脈を打っている。
人間は、一生の間で打つ脈拍数は決まっているという。
 
シンは確実に今、死期を早めている、気がした。
 
 
 
「………あの」
 
思いきって声を上げた。
このまま脈の打ちすぎで死ぬのは困る。
早く、この視線をなんとかしてもらわなければ。
 

「あの……ステラ?」
 
乾いた笑みで、シンはこちらをじっと見つめている少女、ステラに首を傾げて見せた。
 
「何か……よう、か?」
 
恐る恐る尋ねたシンに、ステラは一度だけ瞬きをし、口を小さく開いた。
ぱちくりと、目を瞬かせる。
 
「………え?」
 
きょとんとするステラに、シンは肩を落とした。
眉を下げ、情けない顔になる。
 
「……いや、ずっとこっちを見てたから、何かようかなー……って思ったんだけど」
 
語尾が、自信なさ気にどんどん小さくなっていく。
そんなシンに、ステラはしばらくぼぅっとしていたが、ふと合点がいったような顔になった。
 
「あ………」
「え、なに?」
 
答えが返ってくることを期待して、シンは顔を明るくする。
ステラはこくりと一つ頷き、あのね、と言い置いた。
 
「それって、美味しい?」
「へ?」
「美味しい?」
「………あ」
 
シンは、ステラと自分の手にある缶を見比べた。
空いているほうの手で、缶を指差す。
 
「それって、このコーヒー?」
 
缶に入っていたのはコーヒーで、シンはついさっき飲み干したところだ。
ステラはまた頷く。
 
「うん………美味しい?」
「え、いや……まぁ、うん。美味かった、けど………?」
 
シンはコーヒーが基本的に好きなので、普通に美味しいと思った。
しかしステラがどうしてそう言うことを聞いてくるのかが、よくわからない。
 
「……あ、ステラ……もしかして、飲みたかった?」
 
もしそうならば、今すぐステラの分も買ってこよう、とシンは腰を浮かせた。
しかしステラはそんなシンの服を掴んで留まらせる。
 
「ううん……飲みたくない、けど飲んでみたい………」
「え?」
 
それってどっち?
 
怪訝そうにするシンに、ステラはすくっと立ち上がった。
座らせたシンの肩にそっと手を置く。
その動作に、シンは訝しみと戸惑いを交え、ステラを見上げた。
 
「ステ………っ!?」
 

シンは、目をみひらく。
これでもかというくらい、大きくする。
 

突然のことに、シンの思考は停止していた。
 
その分、触覚がいつもより研ぎ澄まされている気がした。
 

感じるのは、暖かく柔らかな、唇。
感じているのは、自分の、唇。
 

ステラの唇が、シンのそれにぴったりと重なっていた。
 
それはほんの一瞬のことだったのか、それとも長かったのか、シンにはよくわからなかった。
 
次に思考が動き出した時、ステラはシンから離れていて、手で口を抑えていた。
 
「………苦い」
 
ぽつんとしたステラの呟きに、シンははっと我に返った。
瞬時に、顔から蒸気を噴き出す。
 
腕でその顔を隠し、椅子を倒して立ち上がった。
 
「……な、な、な、なぁ!!?」
 
声にならない声を上げるシンに、ステラは目を瞬かせる。
 
「どうしたの、シン………」
「ど、どうしたのって………どうしたのっ!?」
「………?」
 
ステラは聞き返されたことに、首を傾げた。
このステラの反応にシンは口を何度かぱくつかせる。
 
「な、な、なんでいきなり………く、口に………!」
「……何か……したっけ?」
「何かって………」
「………わたし、味見しただけ、よ?」
「………は?」
 
味見?
 
呆けるシンに、ステラはこくんと頷いた。
 
「うん……でもあんまり、美味しくなかった………」
「………」
「苦いの、そんなに好きじゃない、みたい…………」
「………そ……」
 
そうですか………。
 

シンは、もう何も言うまいと思った。
 
 
 

そうして、用事を思い出したと、ステラは去って行った。
 
その背を見送りながら、シンは口元に手をやり………
 
「……コーヒー……飲むのやめようかな………」
 
苦いの、いやらしいし………
 

真剣に、そんなことを考えていた。
 

END
 

‐あとがき‐
 
キリ番1万を踏んでくださった[忍さん]のリクでステシンでした〜。
 
なんか……わけのわからない話になってしまいました;
ステラの行動が変すぎる〜!!でも、してほしいョ―――!!(ぇ)
 
終わり方も無理矢理だし………ほんっとスイマセン!!
 
でも忍さん、リクありがとうございました―――vvv
 

UP:04.12.29
 
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