feel
暖房の効いた暖かい部屋。
暖かすぎて、思考が鈍くなってくる。
ぼぅっとなり、瞼が重くなってきた。
一瞬意識が飛びかけ、慌てて頭を振る。
すると、隣からくすくすと小さな笑いが漏れ、優しい声音が向けられた。
「眠たいのですか?」
「……ううん、平気………」
そう答える声も、覇気がない。
もう一度、キラは首を振る。
振りすぎて、くらりと眩暈に襲われた。
思わず天井を仰ぐキラに、隣に座るラクスはまたもくすくすと笑う。
「キラ、お疲れなのですから無理をせず、眠ってはいかがです?」
「いい」
これははっきりとした声で言った。
キラはしょぼつく目を何度か瞬かせ、ラクスを見遣る。
「もうすぐ新しい年なんだ、ちゃんと起きておくよ」
今は、大晦日の午後11時30分をちょっと過ぎたところだ。
あと30分もすれば新年を迎える。
「あと少しだから、頑張るよ」
そう言って笑顔を浮かべるキラに、ラクスは一つ息をつき、立ち上がった。
「ではキラの目が覚めるように、コーヒーでもいれてまいりましょう」
「え、あ、ありがとう」
キラははにかみながら頬を掻く。
そんなキラににこりと笑いかけ、ラクスはキッチンへと踵を返した。
ラクスの気配が遠のくと、キラは頬を両手で何度か刺激する。
「………情けないなー」
これではまるで、子供ではないか。
キラは深々と息をつき、気分転換にテレビを見ることにした。
リモコンを手にし、電源を入れてみる。
適当にチャンネルを回してくと、ふいにあるテーマパークが写った。
そこではカウントダウンのイベントがあるらしく、その模様を中継しているようだ。
キラは目を瞬かせた。
「……ここ……誰かが行くって、言ってたような………」
気がする。
誰だったか。
キラは眉間にうっすらと皺を寄せ、唸る。
眠いのも忘れ、考え込む。
すると、そんなキラに声がかけられた。
「まぁ、キラ。何を悩んでますの?」
不思議そうなその声に、キラが肩越しに振りかえると、ラクスが両手にコーヒーカップを携え、首を傾げていた。
「ラクス」
「どうぞ、キラ」
ラクスはカップをキラに渡しながら、先程も座っていた場所に腰を下ろす。
キラは礼を言いながらカップを受け取り、早速口に運んだ。
熱く苦いものが口内に入り、微かに残っていた眠気が、綺麗に取り払われる。
ほぅと吐息をもらすキラに、ラクスは目元を和ませた。
「目は覚めましたか?」
「うん、ありがとう」
「よかった。それで、キラ」
「ん?」
「何を悩んでましたの?」
ラクスは、戻ってきてすぐに尋ねたことをもう一度尋ねた。
キラはあぁ、と頷き、テレビの画面を指差す。
「ここなんだけど」
「……テーマパーク、ですか?」
「うん。カウントダウンのイベントを中継してるみたい」
「あら、花火が打ち上げられるようですわね」
「え、あ、本当だ」
画面に流れたテロップに、年明けと同時に花火が打ち上がるとある。
キラはそれにふーんと相槌を打ち、それで、と話を戻した。
「ここに、誰か行くって言ってたんだよね」
「そうんなんですか」
「うん、でも誰か思い出せなくて………」
腕を組み、キラは息をついた。
あと少しで思い出せそうなのだが、出てこない。
なんとも気持ち悪い。
胸に濁るものが残り、キラは渋面をつくった。
そんなキラに、ラクスは小さく笑う。
「そのうち思い出せますよ」
「そうかな?」
「はい」
にこにこと笑って頷くラクスに、キラは表情を和らげた。
まぁ、いっか。
と、思い出そうとするのをやめた。
すると、ふいに視界の端に写ったテレビの光景に、あっと声を上げる。
「どうしました?」
「カウントダウン、始まったよ」
テレビを見れば、大きなデジタル時計が、年明け二分前を示していた。
ラクスは楽しそうに目を輝かせる。
「もうすぐ来年になるのですね」
「うん、そうだね」
笑顔を向けてくるラクスに笑い返し、キラは少し考える素振りを見せた。
視線を泳がせたかと思うと、ふっとラクスを見遣る。
「ラクス」
「はい?」
「あのさ」
小首を傾げるラクスの耳元に口を寄せ、キラは小さく耳打ちをした。
ラクスはきょとんと目を瞬かせキラを見つめると、ふいに、笑いを漏らす。
「キラったら………」
困ったような、嬉しいような、そんな形容のし難い笑みを浮かべるラクスに、キラは悪戯っぽく笑った。
「いいかな?」
「………えぇ、かまいませんわ」
ラクスは、言葉と首肯で了承の意を表明した。
デジタルの時計が、一秒、また一秒と時を減らしていく。
テレビの中にいる者たちが、大きな声でカウントをとっていく。
3………
2………
1………
0、という数字は言われることはなく、代わりにそのタイミングで花火が盛大な音をたてて花開いた。
その瞬間、新しい年となった。
テレビがそれを写す中、キラとラクスは何も言葉を交わさない。
交わすことは、ない。
重ね合った唇は、言葉を紡げない。
テレビの中の花火が消えていく頃、どちらからともなく、唇を離した。
そしてどちらかともなく、額を合わせた。
「あけまして、おめでとう」
「おめでとうございます」
くすくすと、二人は笑い合う。
楽しそうに、幸福そうに。
来年も、一緒に年を越そう。
こうやって、互いを一番最初に、近くに感じよう。
新しい年。
明けるその時は、
君に、あなたに、触れていたい――――――――
END