待宵草
ルナマリアは、しばらく呆気にとられていた。
なんとも珍しい光景に、開いた口が塞がらない。
「………レイ?」
遠慮がちに、声をかけてみる。
それでも目の前の光景に変化はない。
椅子に座るレイは腕を組み、少しだけ体を前倒しにしている。
その顔は、長い髪に隠され見えない。
ただ、肩が規則正しく上下に動いている。
これはどう見ても、眠っていた。
「レイが……こんな所で眠ってるなんて………」
信じられない、とルナマリアは呟く。
ここはミネルバの談話室で、今はだれもいないが常は人の出入りが多い所だ。
そんな所で、このレイが。あのレイが。
人が声をかけても起きない程、熟睡している。
「………ありえないわ」
目の前でその事実があるというのに、ルナマリアはきっぱりと否定した。
彼女の中で、レイは絶対熟睡などしない、むしろ寝ない、という勝手な思いこみがあった。
レイの寝顔など、想像できない。
そう思い、ルナマリアはふと、気がついた。
そうだ、今は絶好のチャンスだ。
レイの寝顔を見る、チャンス。
ルナマリアはにっと口の端を持ち上げた。
そろそろとレイに近づき、すとんとしゃがみ込む。
うつむく顔を覗き込むが………
「……この髪邪魔ね………」
舌打ちでもしそうな勢いで、ルナマリアは眉を寄せた。
起きるんじゃないわよー………
心の中でそう命じて、ルナマリアは手を伸ばし、レイの髪をそっとサイドによけた。
「………わ」
ルナマリアは思わず、小さな声を漏らしてしまう。
それは、驚きと感嘆の入り混じったもので、ついでため息をついた。
女顔負けって………このことを言うのね…………
整った目鼻だち。
長い睫。
形のいい唇。
今は閉じられている瞼を開けば、澄んだ蒼い瞳があらわれる。
綺麗。
そうとしか、言いようのない顔だ。
非の打ち所がない。
「…………なんか、嫌………」
膝頭にあごをのせ、ルナマリアはぼやいた。
女として、男を純粋に綺麗だと思ってしまうのは、微妙にルナマリアの気分を複雑にさせた。
別に男を綺麗と思うのはいいと思う。
綺麗という言葉は、女の為だけにあるのではないのだから。
ただ。
レイ相手だと、話は別だ。
なぜかはよくわからないが、敗北感以外に感じるものがある。
絶望、と言っては大袈裟かもしれないが、それににたものだ。
レイが自分より綺麗だという事実に、胸に黒いものが落ちる。
レイの対象に、自分が入っていないのでは、という不安がよぎる。
対象に………
「は?対象?」
自らが思ったことに、ルナマリアは怪訝そうな声を上げた。
対象?対象って、なんの?
…………もしかして、恋愛対………
「ありえないっ!!」
ルナマリアは大声を上げ、無理矢理思考を止めた。
そんな彼女の顔は、火がついたかのように真っ赤に染まっている。
そんな対象を考えるなんて、自分はもしかしてレイのことを対象内におさめているということか?
そして自分がレイの対象外かもしれないと考えて、不安がっているというのか?
「――――っ」
ルナマリアは抱え込んだ頭をぶんぶんと振り回した。
「そんな馬鹿なこと、ありえないわよっ!絶対、ありえないんだからっ」
全身全霊でルナマリアは否定を繰り返す。
熱くなる頬が、顔が嫌だった。
早くなる鼓動が、脈が嫌だった。
ルナマリアは、唇をかみ締めた。
「……絶対………ありえないんだから………」
「なにがだ?」
ふいに、声が上がった。
ルナマリアは音をたてて固まる。
もう一度、声が上がった。
「どうかしたのか、ルナマリア」
いつの間にか―――あれだけ騒げば当然だが―――レイが目を覚ましていた。
実に彼らしいが、寝起きはよいらしく、しっかりと焦点の合った瞳はずれることなくルナマリアを写している。
瞼の下にあった、蒼い瞳――――――
それに、今自分が写っていることを見とめたルナマリアは、かぁぁっと赤くなり、
「な、な、なんでもないわよっ、ばぁかっ!」
それだけ言い捨て、脱兎の如く逃走する。
そして走りながら、ルナマリアは叫んだ。
「絶対ぜったいありえない――――!!」
遠のいていく叫びを耳にしながら、レイは浴びせられた罵声に怒りを覚えることもなく、首を傾げた。
「………なんだ?」
理解の出来ないルナマリアの様子を、レイはただ不思議がっていた。
END
待宵草‐まつよいぐさ‐:花言葉は『ほのかな恋』