柚子
こっくり、こっくり。
単調に、首がリズムを取る。
そうやって首が揺れるたびに、体全体がふらふらとしていた。
危なっかしいその様子に、見ている方が冷や冷やするようで。
シンは先程からずっと落ち着きなく、今にも倒れそうな――この場合眠りそうとも言う――ステラを見ていた。
たまらず、口をつく。
「ステラ………眠いんなら、部屋に戻った方が………」
「………嫌」
部屋に戻ることを促すシンからぷいっと顔を背け、ステラは拒否する。
「眠く、ない………」
そう言う声自体が、眠そうだった。
シンは乾いた笑みを浮かべる。
「でも、もしこんな所で眠っちゃったら風邪ひくし。一応部屋に………」
ここは艦の談話室。
こんな所で眠るよりは部屋に戻る方がいいに決まっている。
シンは座っていたソファーから立ち上がり、ステラに向かって手を差し出した。
「部屋まで付いて行くから、一緒に戻ろう?」
「………嫌」
またしても、拒否。
シンは微かにショックを受けつつ、すとんとしゃがみ込み、ソファーに座ったままのステラを覗きこむ。
「なんで、嫌なんだ?」
出来る限り、優しく聞いた。
ステラの機嫌を損ねるのだけは、避けたかった。
シンは首を傾げながら、もう一度尋ねる。
「なんで?」
「………」
ステラはシンの紅い瞳をじっと見つめた。
ふいに、ぽつりと口を開く。
「……一緒に、いれるから…………」
「え?」
呟くような言葉に、シンは目を瞬かせた。意味を掴みきれず、怪訝そうにする。
そんなシンにステラは目を伏せがちにしながら、また口を動かした。
「ここに、いれば……シンと、一緒にいれる………でしょう?」
二人で、いれるでしょう?
無垢なその言葉に、シンは目を大きくみひらく。
次第に、その顔が赤く染まっていった。
「え、あ……えぇ?」
上手く口を動かせず、シンは言葉にならない声を出す。
「わたし、シンと一緒にいたいの………離れるの、嫌………」
ステラは異常な様を見せるシンには気付かず、淡々と、思ったままを口にしていった。
「――――っ」
蒸気でも噴き出すのではと思うほど赤く茹で上がりながら、シンはうつむく。
恥ずかしすぎて、嬉しすぎて、立っているのもやっとだった。
そのまま黙ってしまったシンに、ステラは少しだけ瞳を曇らせる。
「シンは、違うの………?」
わたしと、いたくない…………?
そう言って小首を傾げる姿は、幼い子供のよう愛らしく。
しかし、どこか儚げで。
シンの心臓は限界まで速度を上げ、眩暈すら引き起こした。
だが、不安そうにするステラに何も言わないわけにはいかず。
必死に声を絞り出す。
「そ、そんなわけないっ」
そう叫ぶと、せきをきったように次々と言葉が溢れてきた。
「俺だってステラといたいし、離れたくない!一緒にいれるだけ幸せで、嬉しくて………本当は部屋になんか戻って欲しくない!」
一気にまくしたてあげ、シンは荒く息する。
そこで、はっとし
………って俺今なに言ったぁ!!?
と、天を仰いだ。
自分の言動に、混乱する。
ただステラと同じ気持ちだと、一緒にいたいと。
それだけ言えればよかった。
なのに、何と言うことまで口走ったのか。
穴があったら入りたい。
今まさにそんな気分になったシンだった。
対したステラは目を瞬かせ、
「……シン、顔が真っ赤、よ………」
なんで?どうして?
そんな純粋な質問に、シンは答えられるはずもなく。
「なんでもないっ!」
としか言いようがなかった。
ステラは不思議そうに、じぃっとシンを見つめる。
まっずぐな緋色の瞳は、穢れなく澄んでいて。
シンの紅い瞳と絡み合うと、柔らかく細められた。
「シン………部屋に行かなくても、いいでしょう?」
「………」
まぁ。
話しているうちにステラの目も覚めたようだし。
一緒にいられるし。
いいか。
シンはこくんと頷く。
「いいよ」
「じゃあ……座って?」
「え?」
「ここ」
ぽんぽん、と自分の隣を叩き、ステラは首を傾げた。
シンも首を傾げ返し、とりあえず言われた通りに座る。
「これでいい?」
「………ん」
小さく頷きステラは体を倒した。こてんと、シンの膝に頭を乗せる。
「へ?」
膝に流れる金の髪と瞼の閉じられた横顔を見ながら、シンは呆けた声を上げた。
これは一体どう言う状況か。
「ス、ステ……ステラ!?」
上手くろれつの回らないシンは思考がついていかず、頭の中がパニックに陥いっている。
「な、どう………えぇ!?」
「………シン」
「はいっ!?」
ちろっと、緋色の瞳が素っ頓狂な声を上げるシンを見遣り
「静かに、して………」
「………はい」
両手で口を抑え、シンは言われたことに従った。
ステラは満足気に息をつくと、微かに体を動かし、次の瞬間には力を抜く。
二、三度の呼吸の後、それは静かな寝息へと変わった。
細い肩が、規則正しく上下に動き出す。
「………ステラ?」
極力声を抑え、シンは名を呼んだ。
しかし、反応はなく。
ステラは完全に寝入っていた。
「………やっぱ眠かったんだ……」
嘆息とともに、シンは呟く。
「でも………無防備すぎだよ……」
男として、この状況は耐えがたい。
シンはうなだれ気味になりつつ、ステラの顔を見つめる。
「…………」
生まれたばかりの赤ん坊のような寝顔。
素直に可愛いと思えるそれに、思わず手を伸ばしてしまう。
そっと滑らした手に触れるのは、柔らかな頬。
絹糸のような髪。
早鐘を打つ心臓を静めつつ、シンは淡く微笑んだ。
「おやすみ………」
ずっと、一緒にいるから。
安心して、おやすみ――――――――――
END
柚子:花言葉『汚れなき人』